キスすらできない。




その後は気がつけば公園を飛び出し、夜の静観の中、コツリコツリと自分の靴音が響かせていたのだ。

ああ、久しぶりだ。

と、懐かしむには難しくなるほど見慣れぬ新築の家の多い事。

どこかフワついた酔っ払いの意識でも、故郷の変化にはやはり違和感を覚えるらしい。

それでも、点々と捉える馴染みある家並みや道のりを見つけては、微々たる懐かしさに帰郷を覚えながら小さなスーツケースをガラガラと引いて歩みを進めるのだ。

何をしているのか?

なんて問答すら浮かばぬ酔っ払いの本能のままの行動。

ただ、脳裏に鮮明に浮上した姿が異様に恋しく誘惑的に感じて。

まるで、『おいで、』と、誘われるかの様に迷いのない足取りで突き進んだ突き当たり。

「…ヒック……変わってないなあ…」

足を止め見つめる建物は記憶のままだ。

多少、壁の修繕や塗り替えはあったのだろうけれど建物そのものは変わりない。

白い壁の四角い建物。

入り口横には【高瀬小児科医院】の看板。

当然、深夜近くである今は明かりが灯るわけでもなく、人の気配なんて皆無。

当たり前の事であるのに、脳裏にその記憶が鮮明であったが為に落胆は大きいらしい。

それでなくても煽ったアルコールのツケ。

歩くのも疲れたし、急激な眠気にヨロリと入り口前の階段に座り込んだのだ。



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