冷たいキスなら許さない
「とにかくこっちに」と人目を避けるように廊下の角を曲がった先にある個室に招き入れられた。

「座って」と椅子を引いてもらったけれど、一人掛けのダイニングチェアーに座ってしまったら社長をつかんでいる右手を離さなくちゃいけなくなる。

「このままでいいです」

私がぎゅっと右手に力を入れてしまったことで社長に私の気持ちが伝わってしまったらしく、私の肩をしっかりと抱き寄せてくれる。
その温かさにほっと息をついた。

「うちの招待客があなたに大変な失礼をしたって聞いて。本当にごめんなさい」
イースト設計の副社長の顔で深く頭を下げる。隣に並ぶ櫂も櫂の部下も同様に。

「い、いえ、あのびっくりしてしまっただけですから。腕はつかまれましたけど、それ以上のことはされてませんから。皆さんが悪いわけじゃないし、そんなに謝らなくても・・・」

社長の顔を見て抱き付いてから徐々に落ち着いてきていて、この個室に入ってからはパニックを起こしかけていたのがウソみたいに冷静を取り戻しつつある。

「大崎建設は許せません。あの常務がこちらのウエイトレスの身体を触ったり夜の誘いをかけたりしただけじゃなくて本木さんにも失礼なことをして」
櫂の部下が憤然とした様子で声を荒げる。
どうやら被害者は私だけじゃなくて他にもいる様子。

櫂たちスタッフがセクハラ常務を確保しようと探していたところで餌食になりかけていた私とちょうど出くわしたというわけらしい。

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