冷たいキスなら許さない
それと、その日社長と一緒に買ったものがもう一つある。雑貨屋さんで見つけたマグカップ。

社長のご両親によって食器棚に準備されていたのがバカラのグラスにマイセンのマグカップだったのだ。
貧乏性の私にはこんな高級品、普段使いには到底無理。
例えば、夜中寝ぼけてお水を飲むとき、うっかり手が滑ってグラスをシンクに落としたらーーなんて日々緊張してグラスを使わなくちゃいけなくなる。

毎日飲むホットミルクは気軽に電子レンジでチンっとできるマグカップがいい。
そんなことを考えてショッピングセンターの中の雑貨屋さんに寄ってもらった。

見つけたのは耐熱ガラスでできた透明なマグカップ。これならグラスとしても兼ねられる。
絵柄のないシンプルなところも気に入った。

それを手に取るとすかさず隣から手が伸びてきて「これでいいのか?」と暴君がのたまう。
黙って頷くと棚からもう一つ手にして暴君はレジに向かった。

「どうして二つ?」の問いには「今から灯里に美味いカフェオレを淹れてもらうから」と。
てっきり私が落として割るからって答えが返ってくると思っていたから驚いた。

「社長には部屋にあるマイセンのマグカップかロイヤルコペンハーゲンのカップで淹れて差し上げますのに」
食器棚にはコーヒーカップもティーカップも高級なものが準備されていたのだ。

「いい。普段は俺もこれがいいんだ」
購入したマグカップの入った袋を持ち上げて社長が爽やかに笑った。
その子供みたいな笑顔にドキッとしたのを覚えている。

そうして部屋に戻って、買ってもらったマグで二人でカフェオレを飲んだのだった。
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