冷たいキスなら許さない
「さあ、二人ともご挨拶して」
新人たちを前に押し出して挨拶をさせているとポケットに入れていたスマホが振動し始めた。

スマホをちらりと見て
「では、申し訳ありませんが、わたくしはこれで失礼いたします。ご挨拶ご丁寧にありがとうございました」
会釈をしていかにも大切な電話だというように新人を置き去りに私は住宅の奥の事務スペースに引っ込んだ。

社長、グッジョブ。
深呼吸を二回してから電話に出る。

「ーーハイ、本木です」

「ん?何だお前、何かあったのか?声が変だぞ」

「・・・別に」

この人、鋭い。

「今日はご存知かと思いますけど、展示場にいます。例の書類のことなら会社に戻ってからまとめてファックスしますのでもう少し待っててください。小城さんが来るのを待って、ここから現場を一か所回ってから帰社します。17時は過ぎないと思いますから」

「灯里、お前なんか変。どうした」

社長はホントに鋭い。いつもふざけているような人だけど、観察眼は驚くほど。

「大丈夫です。忙しいから切りますよ」

「おい、灯里。こっちの用事は何か聞かないのか?」

「どうせ、例の書類の件ですよね」冷たく返すと「まあそうなんだけどーー」と少し笑っている。

「じゃあ」
社長にしつこく聞かれるのが苦痛で一方的に電話を切った。

心が追いつかない今、誰かと何かを話す余裕など全くない。特に鋭い社長とは。

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