冷たいキスなら許さない
「こんな時間まで起きてたのか?」
社長の驚いたような声に笑いを返した。

「いいえ、帰って来てすぐに寝たのでさっき目覚めてぼんやりしてました。これから夕飯なんですよ」

「そうか、そっちは深夜なんだから胃もたれしないようにな」

そういう社長のいるカナダは朝8時頃だろうか。

「はいはい。ホットミルク程度にして朝食をたくさん食べることにします」

いつも通りの二人の会話にホッとする。
そう、この4年間私の一番近くにいたのは大和社長で、大和社長の一番近くにいたのは私のはずだ。

「灯里、・・・今夜は泣いてないか?」

不意に社長の声のトーンが変わった。
傷を探るような、戸惑いのようなものを感じる。

「な、泣いてないよ?」
何なの、この人やっぱりエスパー?遠隔透視能力者??
子どもの頃の夢を見て泣いてたとは言えずとりあえず否定する。

「長野くらいならたとえ何時でも車を飛ばして会いに行ける。でも、こんな離れたとこにいたら頭を撫でることも、しがみついてくるお前を抱きしめることも手を握ることもできないんだからな。5日間がんばれよ」

あ、そうか。
あのさっきの夢の中の頭を撫でられたやけに生々しい感触は一昨日の夜、一緒に寝た時に社長がしてくれたことの記憶だったのか。
ひとりうんうんと納得する。
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