冷たいキスなら許さない
「灯里さん」

会議室から下北さんがひょっこりと顔を出した。

「はい」
「ちょっと来てくれる?」

下北さんの笑顔に悪い話ではないと感じて軽く安堵する。

「かしこまりました」とイスを下げて立ち上がると、
「いいなあ、本木さんは」とぼやく声が聞こえる。また雀たちだ。

正直、女子のこういうやりとりはめんどくさいけれど、がまんがまん。

「中の様子を見て、お茶のお代わりが必要だったら声をかけるわね」
そう言って会議室に向かった。

背後で「お願いしますっ」と明るい声がする。

悪い子たちではないものの・・・。
たまの息抜き程度の話なら構わない。櫂は確かにイケメンだし。
でも彼女たち、西倉恭香のように本気で櫂を追いかけるようにはならないよね。この上、さらにストーカーが増えたら大変だ。

「本木です。失礼します」
部屋に入って見た下北さんと櫂の雰囲気は悪くなかった。いや、悪いどころか談笑している。

「セクハラ常務の処分が決まったって」
下北さんがニヤついている。
思わず櫂の顔を見ると、櫂も笑顔で大きく頷いた。

「東南アジアの未開の地に転勤だそうだよ」
数日前に聞いた通り。本当に奥地で現地の男性に囲まれてしっかり働くことになるらしい。

「ま、当然だな」と言う下北さんに櫂が「ですね」と同調する。

私の人生初の壁ドンのお相手は二度と会わない遠い所に明日旅立つという。
直接の謝罪はお断りしたからもう会うことはないだろう。
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