冷たいキスなら許さない
櫂が私に気付き軽く右手を上げて笑みを浮かべて近付いてきた。
「お待たせしました」と言えば
「待ってない。それに、まだ待ち合わせ時間前だよ」と穏やかに返される。
「夕方の小田急線は大丈夫だった?かなり混んでたんじゃない?来てくれてありがとう。予約した店はここからすぐだからもう少し我慢して」
私の体調を気遣う言葉と視線に笑顔で頷いた。
そう、櫂はこんな人だった。
穏やかで大人で。知り合った頃はまだ大学生だった私は自分の周りの大学生の男子とは違う櫂の大人の男性の魅力に一気に惹かれたのだった。
過去の想いが蘇ってくる。
懐かしさと同時に胸が痛む。
櫂に案内されたのは裏通りに佇む中華料理店だった。
外観は年代物の木材をたっぷりと使いツタが絡まる昭和を思わせる喫茶店のようなのに、中に入ると雰囲気はガラリと違う。
一転して明るくカラフルでいてそれでも落ち着いた雰囲気のタイル張りの柱が何本か建っている。床材はどうやら無垢板。
テーブルとテーブルの間は適度な距離があり、周囲を気にせず会話が出来そう。
私たちの案内された席は一番奥にあり階段を3段ほど下がった半個室だった。
アイボリーの塗り壁に掛けられているのはアマルフィ海岸のフォトグラフ。
ーーーここはイタリア料理のお店か?と想像させるものだけれど、メニューに載っているのは間違いなく中華料理。
「これって意外性狙いなの?」
くすっと笑うと
「見たまんまだと面白味がないだろ?」
と櫂がニヤリとした。
「ここさ、俺の大学の先輩がプロデュースした店なんだ。設計からインテリア、店のメニューまで。なかなか面白いだろ?料理もイケるからたくさん頼もうぜ」