冷たいキスなら許さない
「失礼いたします」

ふすまの向こうに私の声が届いていたんだろうか。会話が途切れたタイミングでふすまが開いた。

「お食事をお持ちいたしました」
明るい声の女性に気まずくて私は黙り込んで窓の外を見た。

それでも、料理の説明には営業スマイルでやり過ごした。お店の人に罪はないし。
ただ、食欲はない。あるはずもない。

「灯里、とりあえず食べて。話はあとでするから」

櫂が少し困った顔をして私に食事を勧めてくる。


「食欲なんてない」

「・・・ここの板長って俺の知り合いなんだけど、少し前に灯里と同じくらいの娘さんを亡くしたんだ。今日、灯里を連れてくるって言ったら娘に食べさせるつもりで作るって張り切ってた。だからしっかり食べてやってもらえない?」

櫂は辛そうに視線をお膳に落とした。

そんな。娘さんを亡くした板長さんか・・・。
その思いを踏みにじって作ってもらった料理を粗末にできない。そんな人でなしにはなりたくない。
たとえ一緒に食べる相手のことが嫌いでも。

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