冷たいキスなら許さない
「本木様、本当に失礼しました。私にも板長にも娘はおりません。ですからお悔やみを言われる覚えはないのです。全て櫂の悪い冗談です」
女将にごめんなさいねと頭を下げられては怒り狂うわけにもいかない。

これこそ櫂の思惑通り。
私に料理を食べさせるためについた嘘なんだろう。

「いいえ、女将さんに謝られることなど少しもありません。お料理とても美味しく頂きましたから。ごちそうさまでした」
こめかみの血管がぴくぴくしたけれど、女将には笑顔で答えた。

腹が立つのは櫂の性格を知っているのに騙された自分にだ。

「本当にごめんなさいね。それでも・・・櫂さん、あなたは本木様にキチンと謝るべきですよ」

女将の言葉に
「うん、灯里ごめんね。でも美味かったでしょ?」
うっすらと笑って櫂が言った。

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