冷たいキスなら許さない
「櫂さん!もっとまじめにできないの?全くあなたって人は」
櫂の悪びれない態度に女将が櫂を強く叱った。

「あ、あの私ならもういいですから」
結局、女将の勢いに負けた私が間に入ることになってしまった。

言ってからしまったと思ったけどもう遅い。これも櫂の想定範囲だったのだろう。
気が付いてそっとため息をついた。

「吉乃さん、これから彼女と大事な話があるんだ。そろそろいいかな」

櫂に吉乃さんと呼ばれた女将は一瞬眉をひそめたけれど、軽く頷いて私に一礼をした。
「本木様、ダメなことはダメ、イヤなことはイヤだと言っておあげなさい。何か困ったことがあれば私を呼んでください」にこりと上品な笑みを浮かべて退出していった。

私と櫂に静寂が戻ってきた。

「あの人、うちの祖母の妹。ええっと、そういうの何て言うんだっけ」
「大叔母ね」
「そう、大叔母なんだ。祖母とは15才以上離れているから大叔母というよりは伯母さんって感じだけど」
やはり櫂の身内だった。

「・・・櫂の身内の方に会うのは初めてね」

「ーーーそうだったかな?」

あの頃櫂の身内はおろか友人知人にさえ紹介してもらったことがなかった。
いまさらどうでもいいことだけど。

私たちはいつも二人だけの世界にいた。
ーーーだから知らなかった。
外の世界で暮らす櫂が何をしていたのかも誰と付き合っていたのかも。

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