冷たいキスなら許さない
***

「・・・どうもありがとう」

渋々ながら櫂に頭を下げた。
あれだけ文句を言っていた女性はあれからほっとした顔をして帰って行ったのだ。丸く収めてくれたお礼を言うしかない。

「本当に助かりました。本木さんのお知り合いの方ですか?」
佐々木さんの顔色も青から赤になって外見の良い櫂に食いつくように話しかけている。

「ええ。灯里とは親しくしていますよ」
しれっと笑顔で嘘をつく櫂に呆れる。正しくは”親しくしてました”だ。

「先日のイイダ建設の設計担当の方ですよね!」
小さくなっていた新人たちも勢いを取り戻したらしい。

「たまたま通りがかったら大きな声が聞こえて、トラブってるのがわかったんでね。余計なお世話だとは思ったんだけど」
櫂が笑顔をふりまくと、佐々木さんの赤い顔色はさらに赤くなりお礼の言葉を繰り返した。
「本当にありがとうございました」

「でも、こんなとこに浮気相手と来るなんて、いい迷惑です」
新人の一人が口をとがらせる。
「不倫関係だからこそ夢を見たかったんじゃないのかな」
櫂が口角を少し上げる。

「来るか来ないかわからない一緒に暮らす未来とか?」
「それにしたって、あの言い方は・・・」
「桐山さんの切り返しすごかったです。お見事でした」

私以外の4人で会話が始まり私は無言を貫いていた。

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