冷たいキスなら許さない
ーーーたぶん、櫂の判断は正しい。

「下手に削除して何かあると思われるよりはこのままのほうがいい」
あの時いきなりここに顔を出した櫂は私たちにそう言った。

一度出したメッセージを取り消すと不特定多数のネット利用者に何が問題だったのか痛くない腹を探られる。
そんなリスクを冒すことはない。彼女とその夫にしかわからないような問題だ。いや、果たして彼女の夫が偶然あの写真を見たとして本当に自分の妻の傘だとわかるのか?特別に特徴のあるようなものには見えない。そんな程度の写真だった。

彼女はなかなか手に入れるのが難しいと評判の移動販売のクレープを買うためにここに来た。
雨宿りを兼ねてのぞいた一戸建ての展示住宅が思ったより楽しくて何件か回った先でたまたま傘を持っていなかった設計士の男を親切心で傘に入れて住宅デザインの話をしながら一緒に駐車場まで歩いた。
これが櫂のたてた筋書き。事実はどうでもいい。

「ご主人が何か言ってくるようであれば僕が当事者として話をしますよ」
櫂の笑顔に女性は何度も頷いていた。

誰でも自分の思い通り動かしてしまう王子様。
私にはもう櫂が白馬の王子さまには見えないけれど。
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