冷たいキスなら許さない
「…だめですよ。いち社員の感情を優先して会社の利益を捨てるなんて、間違ってます」
私は覚悟を決めて顔を上げた。

「会社に電話をかけてきたのは私の元カレです。彼が転職したことは知らなかったんですけど、今イースト設計にいるらしいです」

「それは例の灯里の大失恋の相手か?」

「そうとも言います」私は自嘲気味に笑う。
「長野に戻ったのはそのヒトと別れたのがきっかけですから」

雇ってもらうときになぜ長野に戻ってきたのかと聞かれ、東京で大失恋したからと答えていた。
社長は失恋自体は知っているけれど相手の具体的な話はしていないから元カレがこの業界の人間とは思っていなかっただろう。

「それで、今はどういう状態なんだ」

「状態?」
「そいつとの関係って言えばいいのか?」

「何の関係もありませんよ。偶然再会して、何度か会いましたけど、それだけです。この先もう関わることはないと思ってましたから当然今回のこの仕事の話も聞いてません」

ふぅん、とひとつ頷いて黙ってしまった社長を見て、私は小さく息をついた。

嘘じゃないもの。
< 95 / 347 >

この作品をシェア

pagetop