千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
どんなに質問しようとも美月は一言も返すことなく酒を淡々と飲み続けていた。

さして量は飲んでいないように見えたが、いつの間にか一升瓶は空になってしまっていて、良夜の目が丸くなった。


「全部飲んだのか?」


「ええ、面白くもない話を延々とされていたので」


「失礼な。お前が全然質問に答えないからありとあらゆる質問をしていただけじゃないか」


「そろそろよろしいですか?庭を掃いたり迷える者たちを救わなくてはいけないので」


すっと立ち上がった美月が足元がふらつくことなく脇を通り過ぎようとした。

どんなにつれなくされても一切腹が立つことがないことが自分でも不思議でたまらない良夜は、襦袢の袖をぎゅっと握ってじっと美月を見上げた。


「…離して下さい」


「左胸に何かあるはずだ。俺の勘がそう告げてる。なんだ?」


「お主には関係のないことですし、ましてや何かあったとしても見せるつもりはありません」


「んん、そう言われると何が何でも見たくなってしまう」


…困った男だ。

美月の顔にはっきりそう書かれてあるのが分かった良夜が吹き出すと、その無邪気な笑顔に美月の頬もやや緩んだ。


「そういえば、そこの泉に何か居るんだが、あれはなんだ?」


「あれは…悪さはしません。私が諫めておきますから、放っておいても大丈夫です」


「そうか。今日はこれで退散するが、明日も来る。何か必要なものはないか?」


美月は出入り口に立つと、ふと考え込んで肩越しにちらりと振り返った。


「先程お主にも言われましたが、私は人のように食事をします。お布施は結構ですので、食材を少し分けて頂ければ…」


「分かった。明日運ばせるから、明日はもう少し俺とまともに話をしろ」


「…致し方ありませんね」


「お前は常に上から目線だな。俺の方が格上なんだぞ。いずれ当主となる男なんだぞ」


「そうですか。まあ私にはほとんど関係ありませんが」


相変わらずつんつんしているが、良夜は笑いながら神社を後にした。

何故か清々しい気分だった。


「…僥倖に巡り合った」


心から、そう思った。
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