千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-

前世の記憶

帰りはとても快適かつ短時間で幽玄町に着くことができた。

まず美月を神社の前で下ろした良夜は、雨竜が泉の中に入ったのを確認して問うた。


「百鬼にはそれぞれ寝床があるが、雨竜、お前はここを住処にするか?」


「うん、成体になるまではここがいい。成体になったら良夜の傍に居たいな」


当主になった暁には側近として狼を傍に置くつもりだったが、数は多い方がいい。

九頭竜の雨竜ならば異論もないだろうしと雨竜に手を振って美月と共に境内を歩き始めた良夜は、そっとその細い肩を抱いてどきっとさせた。


「な…なんですか」


「天叢雲が言っていたんだが、俺は自らの記憶に蓋をしているらしい。俺はこれからそれを解除するつもりだ。もしかしたらお前もそうなんじゃないかと思って。思い出そうとすると頭痛とかしないか?」


「そういえば…」


何かを思い出そうとすると片頭痛よりもひどい頭痛がするのは確かなため頷くと、良夜も頷いて家の前で足を止めた。


「だから思い出す努力をしてほしい。色々分かったらまたすぐ会いに来るから…」


「はい。その……本当に…すぐ…会いに来て下さい…ね?」


とても言いにくそうにもごもごしながらなんとか絞り出した言葉に嬉しくなった良夜は、一度ぎゅうっと美月を抱きしめて狼に飛び乗った。


「会わない間に浮気をするとその男を殺すからな」


「うっ、浮気なんてしません!」


冗談をほぼほぼ真に受けるのがとても可愛くてついくすくす笑っていると、上空で狼が首を捻じ曲げて見てきた。


「良夜様は美月を嫁にするのか?」


「そうだな、そうなるだろう。なんだ、反対するつもりか?」


「いーや?美月なら大賛成。でももうひとり嫁を取らされるんじゃねえの?」


「いや、嫁はひとりでいい。親父と戦わないとな」


屋敷が見えてきた。

戻って来た時は全てを明かすと約束してくれた父と相対する――


「全てを」


明かして、美月を妻にする。

美月以外の女を妻に迎えるなんて、もう考えられないのだから。

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