千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
その日の夜――父ははじめて百鬼夜行を休んだ。

夏になってこれから妖が活発化する時期だったのだが、それを圧してまで家に居る理由が分からなかったが、良夜は珍しい光景を目にしていた。


「母さんたちが…料理…?」


「ほとんどは伊能が作ってくれているんだが、母たちはお前にいい所を見せてやりたくて張り切っている。料理ができるまでは俺と酒でも飲もう」


台所では母ふたりが包丁を握って四苦八苦しながら伊能に講義を受けていた。

元々食べるという習慣がないため料理をしたことがないのに何故今になって――とも思ったが、父に肩を抱かれて無理矢理縁側に座らされた良夜は、月夜を見てはにかんだ。


「親父が百鬼夜行を休んだ…母さんたちが料理をしている…今日は何の日なんだ?」


「何でもない日とも言えるし、二度とない日になるかもしれない…とも言える」


「また謎掛けか?」


「明日になれば全て分かる。それよりそのなまくらは役に立ったか?」


脇に置いていた天叢雲を顎で指された良夜は、ちらりと視線を遣って鼻で笑った。


「喧嘩ばかりだったが、役には立った。こいつにも訳の分からないことを色々言われたが、ほとんど無視してやった」


反論されるかと思ったが天叢雲は沈黙していた。

まあ少しは労わってやるかと新品の手拭いを手に天叢雲を膝に置いて鞘を拭いてやりながらそういえば、と零した。


「妙な約束をさせられた。俺が当主になっていつか死んだ後、しばらく眠りたいとかなんとか」


「…そうか。それはそうだな、そいつは長年我が家のために戦ってくれた。そうしてやりなさい」


盃をかちんと合わせたふたりはぐいっと酒を仰ぎ、また二人で月を見ていた。


「親父、話したいことがあるんだ」


「ん、聞いてやる」


「美月を妻にしたい」


――良夜の父はふっと微笑んだ。

まるでそう言ってくるのを予感していたかのように微笑み、盃を脇に置いた。
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