千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
翌朝――黎の息子はひとりの美しい娘を伴って幽玄町に帰って来た。

話を聞いてみると、百鬼夜行の帰りに立ち寄った妖が住んでいる集落の長の娘で、血筋としても申し分なく、娘は謙虚でいて美しく、黎はもちろん反対することなくふたりを祝福した。


「やけに毎日帰りが遅いなとは思っていた」


「ははは…ですが父様が背中を押してくれなかったらまだ時間がかかっていたかもしれません」


ふっと笑った黎の笑みに娘が見惚れると、黎の息子は肘で突いて唇を尖らせた。

…これでもう、準備万端だ。

黎は澪が遺してくれた白無垢を娘に見せて、三人で祝言の日取りを決めた。

そして難題がひとつ――玉藻の前と牙の説得だ。

隠居してなお傍にひっついている彼らをどう納得させようか縁側で考えていると、ふたりがそそりと近付いてきた。


「黎様、よろしいですか?」


「なんだ、どうした」


「黎様が澪様の文を見た時、勘付いたのです。あなたが同じ道を辿ろうとしていることを」


玉藻の前の発言に思わず目を見張った黎は、ふたりが膝をついて手を握ってきてはにかんだ。


「ばれていたか」


「私たちがついて行きたいと駄々をこねると思っていたのでしょう?いいえ黎様、それは違います。私たちは子々孫々、黎様のお家に関わって生きてゆきます。何故かお分かりですか?」


「いや…」


何か裏があるなという顔をした黎にふたりは顔を見合わせてぷっと吹き出した。


「だって黎様はいつか転生なさるのでしょう?もしかしたら私たちがまたお傍に居るかもしれませんし、私たちの子孫がお傍に居るかも。そう考えると楽しくて」


「そうだぜ。黎様、またこの家に生まれて来いよ。その方がきっと神羅を見つけやすいと思うから」


「お前たち…」


出会ってからもう随分経つ。

変わらず傍に居てくれるふたりに感謝した黎は、懐から櫛を取り出してにこっと笑った。


「さあ、毛を梳いてやる。横になれ」


喜んで獣型になったふたりのふわふわの毛を丁寧に梳いてやりながら、またひとつ心が軽くなったのを感じた。
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