千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
美月――いや、神羅はゆっくり振り返った。

振り返ると、入り口で腕を組んで寄りかかっていた男は――顔に夜叉の仮面を装着していて、その懐かしさにふっと笑みが零れた。


「黎…」


「こんなものを後生大事に保管していたなんて、俺は女々しい男だな」


神羅はゆっくり立ち上がり、もうどの位経ったのか分からないほど長い間会えなかった愛しい男を万感の思いで見つめた。


「思い出したか?俺は…全て思い出した。お前をずっと…待っていた」


「黎…黎……」


言いたいことが沢山あるのに、名を呼ぶことしかできず、しかもみるみる声は掠れて震えて、泣き顔を見られたくなくて両手で顔を覆った。


「そっちに行く。だから…逃げるな」


「ふふ…以前のように逃げたりはもう…しません」


黎の表情は仮面に隠れて見えなかったが、黎の声もまた掠れていた。

神羅にゆっくり近づいた黎は――顔を覆っている手をゆっくり外して真っ赤な目をしている神羅の泣き顔に吹き出した。


「待たせたな。本当に長い間…」


「黎…私を見つけてくれて本当に…本当にありがとう…」


「お前には話したいことが沢山あるんだ。お前が死んだ後どう生きてきたか…俺がどんな思いだったか…」


「黎…顔を見せて…」


神羅は手を伸ばして夜叉の仮面を外した。

そこには知っている顔ではなく、とても柔和で優美な美貌が笑みを湛えて待っていた。


「どうして顔が違うのですか?私は同じなのに…。同じ顔ならお主が私を見つけやすいと思って…」


「お前はよく俺に地顔が怖いから笑えとよく言っていた。だからかな、つい怖い顔にしないでくれと言ってしまった」


誰に、と言いかけた神羅は、そんなことは後で訊けばいいかと思って人差し指を甘噛みしてきた黎を見上げた。


「黎…私を抱きしめて」


「ああ」


優しく――とても優しく、抱きしめられた。


幾星霜の年月をかけてふたりは――ようやく、再び出会った瞬間だった。
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