千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
父が百鬼夜行に出てひとり縁側で酒を飲んでいた黎は、傍から何者かがぼそりと呟くのが聞こえた。


『おい小僧』


「いい加減小僧扱いはやめろ。なんだ」


『契約通りに我はしばしの休息を所望する。貴様の代が終われば後は…』


「うちの蔵でよければそこで眠りにつけばいい。何故俺の代なんだ?」


『貴様が我を呼び覚ましたのだろうが。言っておくがそれまで我は甚大なる力故に敬遠されてきたのだ。貴様のように軽い気持ちで手にしようとした者など居らなんだ』


「そうか。だが今まで俺の子孫に仕えてくれて思う様に血を吸ってきたんだろう?潮時ということか?」


『…思えば貴様が我の力を存分に引き出した唯一無二の存在よ。故に待ち続けた。そして叶った。次に貴様以上の主が現れるまで我は眠る』


――本音を零した天叢雲を膝に置いて鞘から刀身を抜いて水平に持った黎は、その磨き抜かれた刀身に笑いかけた。


「それでいい。だがまだ眠らせはしないぞ。俺がまたお前を輝かせてやるな」


『ふふ…ふははははは』


高笑いをする天叢雲を鞘に収めた黎が干し肉を噛みながら寛いでいると――何者かが屋敷の結界内に入ったことを察知して目を細めた。


「この気は…」


すぐに天叢雲を掴んで玄関を潜り、町へ抜ける門まで足早に駆けると、巫女装束に先程着せてやった濃紺の羽織を着た神羅がおずおずと佇んでいた。


「あ、黎…」


「神羅…どうした?会いに行くと言ったのに」


「あの…なんだかその…待てなくて…」


可愛らしいことを言って黎を喜ばせた神羅は、すぐさま腰を抱かれて黎に身を寄せた。


「身体はつらくないか?雨竜は…」


「良夜、俺、ここ」


美月の胸元から小さくなった雨竜がにょろりと出てくると、黎は雨竜をひょいと取り上げて肩に乗せた。


「黎って誰?美月って誰?」


「ああ、まあ俺たちの通り名のようなものだから気にするな。神羅、親父たちには事情を話しておいた。だからお前を正式に妻として迎え入れる」


「黎…」


ふわりと笑った神羅と共に屋敷に戻った。

もう神社に戻らせる気はなかった。
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