千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
屋敷に入ると、母ふたりがひそひそこそこそ話しながらずっとこちらを見ていたため、黎は神羅を自室に引き込んでぴしゃりと襖を閉めた。


「雨竜は…」


「狼に相手をさせる。ところで神羅、お前に見せたいものがあるんだ。ちょっと取って来る」


黎が居なくなると、部屋でぽつりひとんと正座していた神羅は、着ていた黎の羽織をくんと嗅いでその匂いに浸っていた。


「この匂い、変わらないわ…安心する…」


「待たせたな。…どうした?」


「!い、いえ、なんでも。…黎、それは何?」


戸棚から秘蔵の酒を取り出しつつ手にしていたものを神羅に差し出した。

それは生前黎が書き遺した書物で、初見だった神羅はそれをぱらりと捲ると、書かれてあった言葉に嘆息した。


「‟我が妻神羅と澪に捧げる”…黎…これはお主が書いたのですか?」


「そうだ。俺の代だけで百鬼夜行を終わらせないために書いた方がいいと息子に言われて…」


「…息子…桂…ですか?」


――神羅の死後程なくして桂が死んだことを知らない神羅がきょとんとすると、黎は胸が詰まって神羅の隣に座り、肩を抱き寄せて目を閉じた。


「…まずは最後まで読んでくれ。俺が命を終える直前まで書いた。ここに全てが書き記されてある」


黎が少しつらそうな顔をしたため、それ以上訊けなくなった神羅は言われた通り物語を読み始めた。


その分厚い書物は短時間で読めるものではなく――懐かしさに包まれながら読み進めていたものの、自らの死後、桂が自死したことを知った神羅は…


「桂…!あの子は…死んだのね…!?」


「…俺とお前のように命を燃やすような恋をしたいと家を出た。そして生きている限り、俺と澪の間には子ができないということに悩んでいた。結果桂は…人の娘を愛して先立たれ、自死した。神羅…」


ぽろぽろと涙を零して胸を押さえた神羅を優しく抱きしめた。

その涙が止まるまで、ずっとずっと、抱きしめ続けた。
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