千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
それから随分時間はかかったものの、神羅は再び書物を読み始めた。

腹を痛めて産んだ我が子の死は相当堪えたが…黎と澪の間に子が産まれたことには、幾分ほっとしていた。


「澪さんは先に逝ってしまったのね」


「‟魂の座”に辿り着いたから悲しくはなかった。…いや、悲しいは悲しいが、澪が望んだことだからな」


書物には息子に代を引き継いだ後様々な場所に旅をしたことが書かれてあり、それを羨ましく思った神羅は、大きく息をついた。


「旅…」


「澪を幸せにしてやらないとと思ったんだ。あれにはお前のことで苦しんでいた心を癒してもらってばかりで、何もしてやれなかったから」


横で黎が酒を呷ると、神羅は今もなお澪に嫉妬してしまう自身に呆れながら書物を最後まで読み終えた。


「黎…お主も‟魂の座”に?」


「俺も辿り着いた。お前との転生を望み、それが叶って今こうして出会っている。神羅…」


頭がおかしくなりそうなほどに愛したのは、神羅。

癒しを求めて傍に居ると安心したのは、澪。

ふたりの女の心を傷つけたのは自分だと分かっている黎は、神羅のたおやかな細い手を握って言い聞かせた。


「転生を望むほどお前とまた出会いたかった。桂のことは残念だったが、あれもまた転生を願って自死した。俺たちにはそれぞれの物語がある。俺はまた…お前との物語を紡ぎたい」


神羅の長い髪を背中に払って涙を零す横顔を見つめた黎は、まだはっきりと神羅から返事を聞いていなかったため、不安を覚えていた。

良夜と美月の頃から互いに好いている確認はしていたものの――それでも全ての事実を知って気持ちが揺らいだのでは、と固唾を呑んで神羅を見つめていた。


「神羅…」


「…黎…黎明……」


「…ん」


「私の主さま……今度こそ…今度こそ私を終生傍に置いて下さい。そう約束をして」


神羅の頬に伝う涙を指で払った黎は、万感の思いで神羅を抱きしめて耳元で誓った。


「ああ、必ず」
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