千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
断片的な記憶
屋敷に帰って一寝入りすると――おかしな夢を見た。
『逃げるな…!お願いだから、逃げないでくれ…!』
『お願い…私をもう追わないで…!』
雪の深い山野で、腕に何かを抱えた美しい女を追っていた。
その顔…驚くほど美月に似ていて、逃げながらもその吊った美しい目に浮かぶのは…自分への恋情だった。
『神羅!』
『黎、お願い!見逃して!』
神羅――
黎――
最近どこかでその名を口にした気がする。
一体この神羅という女が、黎と呼んだ自分の何なのか?
知るためには追いかけて大切そうに腕に抱えている何かと神羅の正体を知らなければ。
『神羅…!』
あと少しで手が届く――そう思った時…
「良夜!?あなた大丈夫なの!?」
「っ!」
身体を揺さぶられて飛び起きた良夜は、母が心配そうに顔を覗き込んでいて、縁側でうたた寝をしてしまったのだなと気付いてその手をやんわり押し止めた。
「ああ…少し眠っていただけ」
「だけどあなた…泣いているわよ?」
「え?」
頬に冷たい何かが伝っていて指で拭うと、それは自分の目から溢れ出た涙だと分かった。
茫然としている良夜の手を撫でた母は、最近様子のおかしい息子を心配して理由を問うた。
「気になる女ができたと主さまから聞いたわ。あなたの様子がおかしいのはそのせいなのね?」
「…そうだと言ったら俺を止める?」
「止めはしないけれど、あなたは次期当主。それさえ分かっていたらいいの。一度ここへ連れて来なさい」
「…分かった」
母が去ると、良夜は何度も小さな声で呟いた。
「神羅……黎…」
とても大切な名の気がする。
神羅という女と同じ顔をした美月――
断片的な記憶が少しずつ結びついていき、激しい頭痛を引き起こしてまた縁側で丸まって耐えた。
『逃げるな…!お願いだから、逃げないでくれ…!』
『お願い…私をもう追わないで…!』
雪の深い山野で、腕に何かを抱えた美しい女を追っていた。
その顔…驚くほど美月に似ていて、逃げながらもその吊った美しい目に浮かぶのは…自分への恋情だった。
『神羅!』
『黎、お願い!見逃して!』
神羅――
黎――
最近どこかでその名を口にした気がする。
一体この神羅という女が、黎と呼んだ自分の何なのか?
知るためには追いかけて大切そうに腕に抱えている何かと神羅の正体を知らなければ。
『神羅…!』
あと少しで手が届く――そう思った時…
「良夜!?あなた大丈夫なの!?」
「っ!」
身体を揺さぶられて飛び起きた良夜は、母が心配そうに顔を覗き込んでいて、縁側でうたた寝をしてしまったのだなと気付いてその手をやんわり押し止めた。
「ああ…少し眠っていただけ」
「だけどあなた…泣いているわよ?」
「え?」
頬に冷たい何かが伝っていて指で拭うと、それは自分の目から溢れ出た涙だと分かった。
茫然としている良夜の手を撫でた母は、最近様子のおかしい息子を心配して理由を問うた。
「気になる女ができたと主さまから聞いたわ。あなたの様子がおかしいのはそのせいなのね?」
「…そうだと言ったら俺を止める?」
「止めはしないけれど、あなたは次期当主。それさえ分かっていたらいいの。一度ここへ連れて来なさい」
「…分かった」
母が去ると、良夜は何度も小さな声で呟いた。
「神羅……黎…」
とても大切な名の気がする。
神羅という女と同じ顔をした美月――
断片的な記憶が少しずつ結びついていき、激しい頭痛を引き起こしてまた縁側で丸まって耐えた。