千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
良夜の様子がおかしいことは傍仕えの狼が一番よく理解していた。

実は――

狼自身もまたはじめて美月を見た時に妙な違和感というか既視感を覚えていて、どこかで見たことのある女だっただろうかと考えていた。

良夜が美月に何かを見出しているのは間違いなく、今までひとりの女に執着したことのなかった良夜が楽しそうにして会いに行く様は、口出しをせず見守る必要があると思っていつものように傍に居続けることこそが使命だと思った。


「狼、荷車に食材を運んでくれ」


「もう飛んで行けばいいじゃん。俺毎日徒歩で行くの嫌だ。俺の背中に乗っけろ」


「だが美月に怒られる」


「それ位いいじゃん。とにかく俺は嫌だからな。それともひとりで行くか?」


そこではたと考え込んだ良夜は、ひとり重たい荷車を引いてあの坂を上がるのを想像してすぐ首を振った。


「俺は坊ちゃんだからそんなことはしない。狼、大きくなれ」


「はいはい」


黒白の斑模様の巨大な狗神姿になった狼の背中に食材を詰め込んだ大きな風呂敷を括りつけて乗り込んだ良夜は、軽く狼の身体を蹴って合図をして空に飛び上がった。


「なあ良夜様ー、俺あの美月って女、会ったことがある気がするんだよなー」


…狼は野性的で精悍で男気があるため、女に困ったことがない。

それは良夜も同じことだったが、まさか美月を狙っているのかと警戒した良夜は、狼のふかふかの耳を思いきり引っ張って悲鳴を上げさせた。


「痛いって!」


「美月は駄目だ。お前は主が通い詰めている女に目をつけるつもりか?」


「いやいや違うって。見たことがあるなーって思っただけ。俺は良夜様の恋路を応援するぜ」


「それならいい」


満足げに鼻を鳴らした良夜がおかしくて吹き出しそうになったが、狼はなんとか耐えてものの数分で山頂の神社に着き、美月の度肝を抜かせた。
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