千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
桂を気にかけつつも、黎と神羅はいつまでも新婚夫婦のように熱々だった。

ふたりで今までの家系図を追ってみたが、一夫多妻制でないのは自分たちだけ。

一夫一妻制を選んだのはもちろん、こうして巡り合う時が訪れたならば、たったひとりを愛し抜こうと決めていたから。


「黎、これはどういう意味なのかしら」


「ああ、これは…」


ふたりで日がな子孫が遺してきた書物を紐解いて穏やかな時間を過ごすのが日課で、夜は幼いながらも桂が奮起して神羅を守ってくれていた。

だが恐らくもう変声期を迎えているはずなのに…話さない。

ひとりでぼうっとしていることが多く、神羅はそれをとても心配したが、黎は構わず接し続けた。

そんな中――

いつものように黎に包み込まれるようにして神羅が黎の膝に乗って本を読んでいた時――随分背の伸びた桂がそんなふたりを見てぽかんとしていた。

どうしたことかとふたりもまた桂を見ていたが――桂の黎によく似た優美な美貌が頭を押さえて苦痛に歪むと、神羅がすぐさま駆け寄って膝を折った桂を抱きしめた。


「桂…桂!どうしたのですか!?」


「待て、神羅…これは…」


――覚えがあった。

ああして頭痛を覚えては自身が見ていない光景を見ていた時のことを思い出して、黎は桂にゆっくり歩み寄った。


「桂…思い出したんだな?」


「え…っ!?黎、それはどういう意味…」


「……ははっ」


…桂が笑い声を上げた。

すでにその声は変声期を終えて低く、黎にとてもよく似た声色で、冷や汗を拭いながら顔を上げた。


「父様…母様…」


「桂…!お主、話せるようになったのですね!?」


「はい。ああ…なるほど…ようやく記憶が繋がった…」


「桂」


黎が名を呼ぶと、桂はすくっと立ち上がって襟元を開いて見せた。


「これ、見つけてもらえました?」


「ああ、お前だとすぐに分かった。桂…こうしてまたお前たちと揃って出会える日が来るなんて…」


桂は、涙を流して離れない神羅を抱きしめて背中を撫でてやった。

黎は桂を抱きしめて、三人で抱きしめ合ってこの僥倖を喜び合った。


もうこれ以上の幸せなどない――

三人の願いが叶った瞬間だった。
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