千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
今まで何故話さなかったのか――桂は縁側でぽつぽつと話し始めた。


「物心つく前からどうしたことか俺ではない記憶というか…そういうのを頻繁に見て、自分は何者だろうかと恐ろしかったのです」


「それは…俺も神羅も体験した。桂…独りで不安だったな」


「俺は妖ですらないのかもしれない…父様と母様の子の皮を被った恐ろしい生き物なのかもしれないと思うと言葉が出なくなって…。話したくても話せなかったんです。今まで…本当に申し訳ありませんでした」


「いや、それはいいんだ。だが何故急に話せるようになったんだ?」


桂は神羅が淹れてくれた熱い茶を口に運びつつ雲ひとつない真っ青な空を見上げた。


「仲睦まじくしているおふたりを見ているといつも何かを思い出せそうな気がしていたんです。それは嫌なものではなく…。だからひっついているのをなるべく見るようにしていました」


…そう言えば桂はふたりでじゃれている時によくその光景をじっと見ていた節があった。

必死に独りで努力を続けていたのかと思うと、いじらしくなった神羅は桂の黎によく似て細長い指を握って離さなかった。


「それで…思い出せたのですか?」


「幼い頃はそんな夢を見る度に否定して認めたくなかった。だけど…その夢の中に、とても可愛くて大切だったかもしれない娘が現れたんです」


「…それは…」


「俺はその娘と会わなければと思いました。そう強く思った時から徐々に…。さっきの父様と母様を見ていたら急にすべてが繋がって頭痛がして…」


――三人一様に同じような経験をしていた。

桂が独り恐怖を抱えながらも戦っていたことは黎と神羅を涙ぐませて、代わる代わる桂のさらさらの黒髪を撫でた。


「よく耐えたな。よく頑張った。そして…また俺たちの間に産まれてきてくれてありがとう」


「いえ、俺の方こそ。今度こそ…父様…母様…親孝行させて下さい」


ふたりとも、桂を万感の思いでまたぎゅうっと抱きしめた。
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