千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
桂が青年になって心技体が充実した時――その報は舞い込んできた。


「とある鬼族の名家の娘に何かが憑いているらしい。悪いものならば取り除いてやってほしいということだが、受けようと思う」


「主さまの思うように」


神羅が微笑んで頷くと、傍に居た桂もこくんと頷いで腕を組んだ。

日に日に黎に似てゆく桂を神羅が親愛を込めて見つめていると、桂は首を傾げた。


「どういう意味なんでしょうね?憑く…人じゃあるまいし」


「詳しいことは書かれていないが、急いだ方がいいかもしれないな」


「父様、俺も行きます」


「黎、私も連れて行って」


――三人は頻繁にあちこち出かけるようになっていた。

今までできなかったことを全てやろう――三人でそう決めて、遠出をしたり海や山に行ったり、笑顔の絶えない日々を過ごしていた。

そんな中、少し不穏な話が舞い込んできたため黎が渋い表情をしたが、神羅は頑として譲らなかった。


「行きますからね、黎」


「父様、母様の我が儘叶えてやって下さい」


「わ、我が儘ではありません!お願いですよ、これは」


「分かった分かった。じゃあ明日発とう。場所はそんなに遠くないからすぐ着く」


喜ぶ神羅に黎と桂が頬を緩めた。

鬼族として転生してもなおやはり人の習慣を捨てられない神羅は、毎日朝昼夜食事を作って黎たちに振舞っていた。

どこかへ出かける時も重箱いっぱいに色とりどりの料理を敷き詰めて、出先に出会った者たちとの触れ合いも大切にしていた。

桂はそれを見ていて母を見習い、そうして生きてゆこうと思った。

黎はそんな神羅を相変わらずだなと言って笑い、好きにさせてやろうと思った。

今以上に幸せなことはない――

ようやく訪れた平穏な時だった。
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