千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
娘の両親はまだ若く、平身低頭で黎たちを出迎えた。

鬼族の旧家でありながら使用人の数は少なく、客間へ通された黎がきょろりと見回すと、諸(もろ)と名乗った男は畳に額がつくほど頭を下げた。


「本当は日々お忙しい主さまにご迷惑をおかけしたくはなかったのです。ですが…娘があまりにも不憫で…」


「いや、同族の誼だし、俺自身気になって来た。その娘はどこに?」


諸は妻と共に顔を見合わせて両手で顔を覆うと、涙声で絞り出すように告白した。


「幼い頃から何かに憑かれたかのように訳の分からないことを口走るのです。娘自身もそれを気にして部屋に閉じこもるようになりました。ですから私たちは…もう何十年も娘が部屋から出て来たところを見ていません」


「それはつまりお前たちも娘とまともに会っていないということか?」


「食事は部屋の前に運び、風呂は私たちを遠ざけてからひとりで入っているようです。部屋に入ると烈火の如く怒るので仕方なく…」


…これは思った以上に一大事だと感じた。

黎が背後に控えている桂を振り返ると、桂はそれまでずっと屋敷内の気を探っていて、首を振った。


「おかしな気配はないですね。悪いものが憑いている感じでは…」


「俺もそう思う。諸、部屋に行くがいいか?」


「は、はい…ですが娘がなんと言うか…私たちも襖越しにしか話ができないので…」


「必ず解決させてみせる。無理強いをさせるかもしれないが、今より状況はぐっと改善するはずだ」


諸は黎のまっすぐな目の中に真摯な色を感じ取ってまた深く頭を下げた。


「お願いいたします、主さま…!娘を…娘を助けて下さい!」


「ん。桂、行くぞ」


「はい」


神羅は邪魔になるからと言って諸たちと残ることになり、黎と桂は娘が閉じこもっているという部屋に向かった。
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