千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
その娘とはじめて出会ったのは、ふらりと立ち寄った港町だった。

人里というのはどんなものだろうかと興味を引かれて来たものの、住んでいる者たちは老人が多く、海をただただ見つめながら考えていた。


実の母は死んだ。

そして、ふたり目の母は自分が生きている以上真の幸せを得ることはできない。

真の幸せとは――愛する男の子を産み、共に育てることだ。

だが自分が生きている限りは子に恵まれないと知って、ふたり目の母が笑顔を装いつつもどれだけ悲しいを思いをしているか――それを考えると胸が痛んだ。

人だった母は、先に死ぬと分かっていながらも、妖の父と共に生きることを選んだ。

その覚悟たるや相当なものだったに違いなく、ふたりの母や悩み抜きながらひとりの男を愛した情熱にとても憧れを抱いた。

別に死にたいと思っていたわけではなかったけれど、そうして身を焦がすほどの愛を得るには今の家から出なければならないと思っていた桂は、荒れ狂う海の波を見つめていた。


「今夜は海が荒れていますから、危ないですよ」


そう声をかけられて振り返った時――目が大きくて色が真っ白な若い娘が立っていて、一瞬ぽかんとしたことを覚えている。

また娘の方も、人ではあり得ない美貌の桂にぽかんとした表情をして、慌てて逃げようとした。

妖だと勘付かれた桂は、娘となんとか話をしたくて追いかけて、その細くてやわらかい手を強く握って痛がらせてしまった。


「いた…っ」


「ご、ごめん。俺は…その、見ての通り妖だけど、人を食ったりしない。…少し話をさせてくれないかな。人の在り方に興味があるんだ。俺の母が…人だったから」


「お母さまが人…?そうなんだ…じゃああの…狭いけど家に来て下さい。大したもてなしはできないですが」


――そうしてふたりは出会った。
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