千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
当然のような顔をして一緒に朝餉を食べている良夜の顔をじっとり見つめた美月は、身を乗り出して再度諭した。


「嫌がらせをしたのではないでしょうね?」


「そんな浅ましい性格はしていない。魚を数匹貰って行くぞ」


「ちょ…待って下さいっ」


台所から新鮮な魚を数匹包み紙に入れてぶらぶら歩き始めた良夜を追った美月は、どうして泉に隠れているあの子の存在を気にするのかと良夜を問い詰めたものの――一向に応えない。

そうしているうちに泉に着いてしまい、庭石に腰かけた良夜は包み紙から魚を取り出して、泉の中央に放り投げた。


「食え。腹が減っただろう?」


――返事はなかったが、しばらくするといくつもの波紋が浮かんで魚の残骸がぷかりと浮いた。

そういえばこの泉に来てから何も食べさせていなかったかもしれない、と気付いた美月は、やわらかい草の上に座ってうなだれた。


「私ったらこんな大切なことを忘れていたなんて…」


「いや、この泉には最初魚が居たはずだ。だが食い尽くしてしまったんだろう。腹は減っているが泉からは出たくない…つまりこいつの我が儘というわけだ」


「……うるさいっ」


幼い声だった。

人語だったため、眉を上げた良夜は庭石から立ち上がって腰に手をあてると、人差し指をくいくいと折り曲げてこっちへ来るように命令した。


「ちょっとこっちに来い。ここの町は俺の一族の縄張りなんだ。流儀を通して顔を見せろ」


良夜の話し方はとても静かで、聞いているとまるで祭壇の前で瞑想している時のように心が落ち着く。

それを泉の中から聞いていた者もそう感じたのか――浅い水面を縫うようにして近付いて来ると、美月が手を伸ばした。


「雨竜(うりゅう)…この者はお主に危害を加えませんから、大丈夫ですよ」


良夜がじっと見守る中――雨竜と呼ばれた者が、姿を現した。
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