千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
良夜は毎日美月と雨竜に会いに行ったが、時間帯はまばらだった。

次期当主として父から教わることが山のようにあり、今まで散々ほっつき歩いてきたけれど、そろそろそれも潮時だった。


「今日は…まだ来ないのね」


――大抵早朝に現れて一緒に朝餉を食べて、雨竜と戯れたりあちこち連れて行ってやったりして、最近はそれを羨ましく思うようになっていた。

だが正式に相談役に就いてからというものの、ぽつぽつと百鬼が話を聞いてほしいと会いに来るためおいそれと留守にもできない。

しかも…

女の百鬼の相談の内容は、大半が良夜の父や良夜に恋をしてしまってどうすればいいか、という主旨のものだった。


「色恋の相談なんて…私自身恋をしたことがないのだから分かるはずないでしょう…」


昼を過ぎて雨竜に会いに行った美月は、足元で日向ぼっこをしている雨竜を中腰になってじっと見ていた。


「…雨竜…大きくなった?」


「うん、良夜がたくさん魚を食わせてくれるから、多分もっと大きくなるよ」


「ちなみにお主のお父上はどの位大きいのかしら?」


「山みたいに大きい」


「じゃあ…山みたいに大きくなるの?」


「でも俺出来損ないだから父上みたいに大きくはなれないかも」


しゅんとしてしまった雨竜にどう言葉をかければいいのかあわあわしていると、上空から足音もなく着地した狼の背から良夜が飛び降りた。


「良夜!待ってた!遊ぼ遊ぼ!」


「ちょっと待て、その前に腹が減った…気がする」


「朝来ると思って焼いた魚と沢庵位ならありますが」


「ん、じゃあそれを食う」


そして何故か眠たそうに目を擦っている良夜が童のように可愛らしくてつい微笑むと、その笑みを見られて首が変な音を立てそうなほど捻って隠した。


「俺もついてっていい?」


「いいぞ、来い来い」


少し胴が長くなった雨竜を肩からぶら下げて美月の家に向かった。
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