千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
良夜は小一時間ほど熟睡していた。

完全に身体の力が抜けていたため頭が少しだけ重たかったが――こうも無防備に無邪気な寝顔を見せられては…こちらもその寝顔に見入ってしまって時が経つのを忘れていた。

傍でにょろにょろ這い回っていた雨竜もいつの間にか同じように眠ってしまい、美月は良夜のさらさらの髪を驚くほど優しい手つきで撫でている自身に気付きつつ、頻繁に見る夢を反芻していた。


――黎明。

良夜とは顔が違うけれど、とても似通ったものを感じる。

自分を神羅と呼ぶその優しい声色も、焦げそうなほどの情愛をぶつけてくる様も――とても夢のようには思えない。


「…一体誰なのかしらね…」


「ん…ああ…しまった…完全に寝てた…」


「余程主さまにしごかれていると見受けられますが…勝手に構えた自室でちゃんと寝てはどうですか」


「いや、今日はさぼる。あんな拷問みたいな教鞭を毎日受けるつもりはない」


いい意味で力の抜き方を知っている良夜の頭を膝を引いて床に落とすと、なかなか子気味いい音がして、くすくす。


「そういえばもう町には下りて見て回ったか?」


「いえ、まだです。雨竜をひとり放っておくわけにもいきませんし」


「じゃあ礼に連れて行ってやる」


「え…い…いいのですか?」


「俺は構わないが、衆目が半端ないからそこだけは覚悟しておいてくれ」


妙な注文をつけられてとりあえず頷いたものの――

その衆目とやらは美月の想像を遥か上回り――針の筵状態になった。
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