千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
実は途中まで雨竜がついて来ていた。

振り返ると止まり、歩き出すとにょろにょろ這って懸命について来る――

人の前に現れるにはすでに雨竜の体長は大きめだったため、階段を降り切った所で雨竜を捕まえてやぶの中にぽいと放り投げて諭した。


「すぐ戻って来るから待っていろ。お前が人に化けれるというなら連れて行ってやるが」


「そんなのできないよ。分かった…待ってるから早く帰って来て」


そしてきれいに整備された往来を歩いていると、美月は人の住む平安町よりもきれいかもしれない。

噂には聞いていたがまさかここまでは…と顔に露骨に書いてあるのを見られた美月は、良夜に握った手をくいくいと引かれて柳の木が生い茂る川原を歩いていた。


「何か買ってここで食おう」


川にもごみひとつない。

繁華街へ入ると肩がぶつかりそうなほど人で溢れていたが――良夜の姿を見るなり人垣が割れて多数の視線に晒された。


「あ、あの…」


故郷はとても小さな里で、人と触れ合うことなく今まで生きてきた。

同じ姿だけれど思想が違いすぎるため人と妖が同じ場所でこうして共存できるなど、この幽玄町でしか有り得ない。

思わず委縮してしまった美月の手をそっと握って力を込めた良夜は、皆にとても万人受けする笑顔を浮かべて颯爽と歩き始めた。


「俺もこうして町を歩く機会はほとんどない。だが統治している家の者としてどこの何が美味くて評判があるのかは知っている」


通りすがる度に娘たちは良夜の美貌に陶酔し、男たちは美月の美貌に陶酔し――美男美女の登場に幽玄町は蜂の巣を突いたような喧騒に包まれた。


「こんなことでは挨拶ができませんが…」


「言葉は別に交わさなくてもいい。お前の恰好で神社に住む妖だと分かるからな」


「はあ、そうですか…」


良夜は甘味処や食事処を中心に覗いて回り、ただで貰ったり買ったりしながらぶらぶらした。

美月が持っていた籠は――あっという間に食べ物で溢れてしまい、呆れて言葉が出なくなった。
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