千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
夏が近付き、強い日差しが降り注いでる中、良夜は川原に移動して木陰を選んで座った。


「あの…こんなに頂いていいんでしょうか」


「連中は生きている間に俺たち鬼頭の者と出会う機会は一生に一度や二度程しかない。きっと今頃拝まれてる」


幽玄町を治めている鬼頭家は妖の中でも最古参にあたる一族であり、太古の時代より存在すると言われている。

よって秘めたる能力も神仏に等しきものがあり、正面から彼らを罵る者は皆無と言っていい。

ただ陰では‟裏切りの一族”と呼ばれているが――それを口にすれば自らの命を諦めなくてはならず、美月は良夜の隣に座って光に反射する川面を見つめて頬を緩めた。


「きれいな町ですね」


「住人たちは罪人だが、平安町に劣らない環境を作って住みやすいようにするというのが初代の案だった。俺たちはそれを守っているだけのこと」


「初代…ですか」


――百鬼夜行を始めた初代。

どういう経緯があって百鬼夜行が始まったのか、実は彼ら一族しか知らない。

しかも当主になる者しか明かされないらしく、良夜もいずれその事実を知ることになる。


「初代が遺した書物が蔵にあるんだが…なんとなく書かれていることが分かる気がするから見なくてもいいかなとか思ってる」


「それは駄目です。初代様が遺した書物なのですからありがたく拝読するように」


叱られて肩を竦めた良夜は、籠の中から揚げ饅頭を取り出して美月の口にねじ込んだ。


「!美味しい…」


「これも食え」


嚥下したのを見計らって次は焼き鳥の串を突っ込まれると、あまりの美味しさに表情がとろけた。


「美味しい」


「お前の故郷は田舎だと言っていたな。こんなの食ったことないからそんなにがりがりなんだ」


「妖は食べなくても生きていけるのですから、私が痩せているのとは関係ありません」


ぷんすかしていると、突然良夜にがしっと腰を掴まれて、絶句。


「な…な……っ」


「細すぎる。俺はもうちょっとふくよかな方が…」


「お、お主の好みなど聞いていません!」


振り下ろされた張り手をひょいと避けた良夜は、またはははと声を上げて笑って籠の中に手を突っ込んだ。


「ええと、次は…」


餌付けに余念がなく、美月の怒りはすぐ萎んでいった。

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