千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
大きな饅頭を半分に割ってふたりで食べながら――今までなんとなく訊かずにいたことを口にした。


「変な夢を見ないか?」


「…例えばどのような?」


「例えば…知らない男が夢に現れたり…知らない名で呼ばれたり」


「…!私は…見たことはありませんが」


――何かが心の警鐘を鳴らした。

咄嗟に嘘をついたが、良夜は明らかに間ができてしまった返答に気付いていたものの、突っ込まずにそうか、と小さく呟いた。


「お前とはじめて会った時、知らない名で呼んだと思う。お前も俺を知らない名で呼んだ。俺たちは…妙な縁で結ばれている気がする」


「…新手の口説き文句ですか?女と遊びたいならさっさと行って下さい」


「いや、当面そんな気はない。あと、雨竜についてもちょっとやっておきたいことがあるからな」


「雨竜?私はあの者の庇護者なのですから教えて頂かないと困ります」


気が強そうに吊った切れ長の美しい目を見つめた良夜は、口の端に焼き鳥のたれがついているのを見て手を伸ばそうとして引っ込めると――顔を近付けた。


「な…なんですか?」


「ついてる」


「何が……きゃぁっ!」


口の端を舌でぺろりと舐められて、絶叫。

強めに良夜の胸を突き飛ばしたものの、本人はどこ吹く風でけろり。


「唇を奪ったわけじゃないんだから、それ位で絶叫するな」


「わ…私はお主が散々経験しているようなことは一切経験していないのです!からかうならよその女を…!」


「やたらよその女と言うが、俺を独り占めしたいなら素直にそう言えばいいのに」


…開いた口が塞がらない。

袖で舐められた場所をごしごし擦ったものの感触は拭えず――

良夜を終始睨みつけて、からから笑われた。
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