千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
翌日、狼を伴って徒歩で神社のある山に登った。

神社の前まで飛んでいくのは不調法だと昔から言われているため徒歩で登らざるを得ず、良夜はずっとぼやいていた。


「どうして俺が行かなければいけないんだ」


「主さまの名代じゃん。良夜様も興味津々だったじゃん。文句言うな!」


叱られて唇を尖らせながら山頂にたどり着くと、人が通う神社と妖が通う神社が肩を並べて建っていて、どこか妖気の漂う神社の方へ足を向けた。


「…そこの泉に何か居るな」


「ああ俺もそう思ってた。でも悪い感じはしねえけど」


「今日の目的は相談役を屋敷まで引きずり出すことだ。狼、ここで待て」


「了解ー」


重厚な観音扉の奥に、何者かの気配が在った。

どこか胸騒ぎがして良夜が躊躇していると、あちらもまたこちらの気配に気付いたらしく、息を潜めているのが分かった。


「狼…構えておけ」


「俺が先に行こうか?」


「いや、いい。俺が行く」


ざわざわ。

かつてない胸のざわめきに、いつにも増して鼓動が強く、何もしていないのに息が乱れそうになった。


…こんな感覚をかつて覚えたことがあるような気がする。


拝殿を通り抜けた本殿から感じるその気配――


「…知っている。この気配を…」


気が逸りながら、参道を少し速足で歩いた。

そして鳥居の前で足を止めて、見上げた。


こうして何度も鳥居を潜って会いに行った者が居た気がする。


狂おしいほどの想いを抱えてやるせなくなりながらも会いに行った者が――


「…誰だ…?」


同じ時同じ瞬間――本殿の中で息を潜めている者もまた、同じ言葉を口にして胸を押さえていた。
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