千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
翌朝美月が会いに来ないのを心配していた雨竜が泉から出て懸命に境内を張って家に向かっていると、そこに良夜がやって来て狼の背中に乗せた。


「そんなに急いでどうした?」


「美月が来なかったから。いつもならもう会いに来てくれる時間なのに」


…これは本格的に怒らせてしまったのだろうか、と若干心配になった良夜が何をしたかは覚えていないが謝る覚悟をして戸を叩くと――返事がなかった。

実は緩めではあるが侵入者があればすぐ察知できる程度の結界を張っていた良夜は、屋内におかしな気配がないことを確認して雨竜と中に入った。


「美月ー、どっか痛いの?お腹?頭?」


先に美月の部屋にすっ飛んで行っていた雨竜が布団に丸まって動かない美月の上に乗って中を覗き込もうとすると、良夜は首を持ってぷらんとぶら下げた。


「具合が悪いなら上に乗るな。…美月、具合が悪いのか?」


「………別に…」


「お前が務めをせず寝ているんだから別にじゃないだろう。……美月?」


布団ががたがた震えていた。

これはただ事ではないと思った良夜は、心配して這い回る雨竜を籠に入れて外に居た狼に咥えさせて部屋から出した。


「美月」


「……妙な夢を見ました。私ではない者の記憶が…」


「…そうか。お前もか」


同じような夢を見ている。

日々鮮明になってゆくその夢は、とても心地いいものもあれば――絶望にまみれて苦しみもがき死ぬような苦悶の夢の時もある。


「そっちに行くぞ。嫌なら今言え」


「…」


返事はなく、傍に座って布団をゆっくり剥ぐと――美月は目を真っ赤に腫らして身体を丸めていた。


「良夜様…」


「…震えているじゃないか。温めてやるからこっちに来い」


――いつもならここで叱られるところだが…

美月が手を伸ばすと、良夜はその手を握ってゆっくり起こしてから、優しく抱きしめた。


「私は…何者なのでしょうか…」


「…俺もそう思う時がある。美月、独りで不安になるな。そういう時は声を上げろ。俺が救ってやるから」


返事はなかったが、しがみつくようにして美月が身体に腕を回してきた。

普段超がつく強気の女の弱い一面に、良夜は心に小さな炎を燈らせながら、目を閉じた。
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