千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
夢には澪という名の女も出て来たが…良夜にそれを訊くのはなんとなく憚られて言えなかった。

ひと眠りした後当然のように一緒に少し遅めの朝餉を食べて、家から締め出していた雨竜に会いに外に出た。

仲良しになった狼と戯れていた雨竜はふたりを見るなり尻尾を細かく震わせて怒っていることを表すと、良夜はしゃがんで頭から尻尾まで手で撫でた。


「傷はもう完全に治ったようだな。良かった」


「ほんと!?じゃあもうすぐ脱皮できるかなあ」


「脱皮?」


「うん、脱皮したらもうちょっと大きくなるよ。成体になるまで何回か脱皮するんだ。九頭竜の皮はお守りにもなるんだぞ」


怒っていたことも忘れて偉そうに鎌首をもたげてふんぞり返った雨竜の緑の鱗はとても美しく、九頭竜の生態を少し知れた良夜は、一度美月を見上げた。

美月が頷くと、首を傾げた雨竜を狼の背中に乗せて泉に向かって歩きながらふたりで話し合ったことを言い聞かせた。


「お前を連れて高志に行こうと思う」


「え……っ、でも俺…戻ったら殺される…」


「お前が二度と追われることのないように行くんだ。俺はいずれお前を百鬼に迎え入れる予定だから、親や血縁の者がしゃしゃり出て来ては困る。だから会う。納得しないなら力でもって屈服させる」


妖は力こそ全て。

話し合いで解決しない場合は戦い、力を示せば大抵はそれ以上もめごとが起こることはない。

幼い頃から今までの当主の中で一番強く美しいのではないかと言われてきて、称賛にあぐらをかいて鍛錬をさぼったこともない。

九頭竜がいかほどのものか量り兼ねるが、引く気はなかった。


「でも俺…出来損ないで…」


「頭と尾がひとつしかないからか?お前はお前自身を絶対に卑下してはいけない。その姿で産まれたからには必ず何かしら意味がある。雨竜、俺を信じろ」


「良夜様、俺もついてくからな」


狼がのしのし歩きながら尻尾をぶんぶん振った。


「当然だ。で、お前の答えは?」


「…美月も一緒?」


良夜が頷くと、雨竜はしばらく考え込んでいたが――仲間になれば今後もずっと良夜たちと一緒に居られるという誘惑には勝てず、尻尾で良夜の肩をちょんと突いた。


「じゃあ…行く」


「よし。後は…俺の問題か」


父たちを説得しなければ。

それが最大の問題だった。

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