千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
父をどう説得しようかと考えているうちに話しかける機会を失っていた良夜は、百鬼夜行から戻って来たところを捕まえて縁側に座らせた。


「親父、話があるんだ」


「戻って来たばかりだというのに一体なんなんだ?」


若干呆れながらも茶を飲みながら横目で見てきた父は特段怒っていなかったが、良夜は言葉を選びながら美月と雨竜を連れて高志へ行くことを伝えた。

すると――


「ならん。お前に何かあれば取り返しがつかん」


否定されることは想定済みだったため、良夜はむっつりしてしまった父にぴったりくっついて切々と語った。

今まで割と自由に育てられてきたためこうして否定されることは珍しい。

故に良夜も必死になって父の説得にあたり、そうしているうちにふたりの母に心配されて取り囲まれる形になってしまった。


「そもそも九頭竜が俺たちに下るとは思えない。あれは矜持が高く存在自体が天災そのもの。荒ぶって食われでもしたら、我が家系は断絶することになる」


――この時良夜の父は、ひとつ嘘をついた。

今までの当主が遺してきた文献には、次期当主となる子を何らかの不測の事態で失ったとしても、次期当主とその妻の間には再び子が産まれるらしい。

だがその文献は――良夜が代を受け継いで当主となった時にのみ読むことが許されているため、今はまだ時期尚早。


「そうならないように狼も連れて行くし、雨竜の親や血縁の者と会えればまずちゃんと話し合いを持つようにするから…親父、頼む」


「狼か…あれは確かにお前を全力を賭して守るだろうが…九頭竜の前では赤子の手を捻るようなものかもしれん」


「親父…」


九頭竜の子と、良夜が熱心に通い詰めている現相談役の女――

良夜の父は額を押さえて俯くと、良夜の肩に手を置いた。


「少し時間をくれ。今すぐには答えられない」


「頼む。何かが変わる予感がするんだ」


何度も訴えかけて、父の膝を叩いた。
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