千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
想像以上に父が堪えているようで、神妙な面持ちになった良夜もまた黙って隣に座っていた。

父は冷淡に見えるが意外と人懐こくて明るい面があり、叱られたことも今までほとんどないが、ため息をついている様子を見てかなり困らせてしまったことは良夜も反省しつつ、だが引くつもりはなかった。


そして美月と共にほぼ同じ夢を見ていることを相談したかったのだが、この雰囲気ではとても無理だと判断して、空を仰いでぽつりと呟いた。


「黎明…神羅か…」


「!明…お前、蔵に入ったのか!?」


――突然父に肩を強く掴まれて驚いた良夜が目を見開いて言葉を失っていると、父は見たこともないような険しい表情で詰め寄ってきて母たちに押し止められた。


「主さま!どうか落ち着いて下さい!」


「正式に当主となるまで入ってはならんと言ったはずだぞ!どうやって鍵を開けた!?何を見た!?」


「待ってくれ、俺は蔵に入ってないし、夢に出てくる男と女の名が黎明と神羅という名で気になって親父に相談しようと思って…」


…肩を揺さぶってきていた父の手が止まった。

ふたりの母がほっとして手を離す中、父は驚きのあまり言葉を失っている様子で、良夜は父の腕を握って逆に問い詰めた。


「親父…知っているのか?黎明と神羅とは誰なんだ?俺と美月は同じ夢を見ているようなんだ。俺ははじめて美月を見た時、その名で呼んだし、美月も俺を黎明と呼んだ。俺と美月は一体…なんなんだ!?」


――こんなことがあるのだろうか?

確かに良夜には先見の明があって教えてもいないことを知っていたり幼い頃から聡明だったが…

初代が書き遺した文献が頭をよぎった。

再び転生していつかまた巡り合う、と――

まさか、まさか――


「明…お前…まさか…」


「?」


眉を潜めている良夜の顔を凝視した父は、頭痛を覚えて縁側に座り直して俯いた。


「親父…どうかしたのか?」


「…代替わりを急がねばならん。明、近いうちに相談役をここに連れて来てくれ」


「棚幡の…俺の誕生日にここに招待してるけど…」


「それでいい。俺は寝る。母たちを頼んだぞ」


どこか疲れ切った様子で自室に引いた父の姿を見送りながら、不安が募った。


父は何かを知っている。

何故代替わりを急がなければならないのか――その理由も教えてくれないまま悶々と過ごした。
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