千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
髪に潜った指の手つきは格別に優しいものだった。

そしてそれを何故か懐かしいと思い、いつもそうされていたような気がして――美月を見上げた良夜は、目が合うとぎくっとして顔を逸らした美月の頬に手を伸ばした。


「な…なんですか」


「俺がここに泊まって行った時、お前に何をした?」


「!あれは!お主が寝ぼけていたから不問にすると言ったはずです!忘れて下さい!」


「そう言われても気になって仕方がない。言え。何をした?」


――中性的とも言える優しげな美貌だが、内面は激しく滾るような一面を持っている。

その意外性にまたどきりとしつつ、もごもご口ごもるとむにっと頬を引っ張られた。


「言わないと悪戯するぞ」


「あの時は!…………唇に…触れられただけですから!どうということはありません!」


良夜が驚いて口を開きかけると、美月はその口を両手で塞いで何も言えないようにして早口でまくし立てた。


「寝ぼけていましたし、私ははじめてでしたけどお主にとっては数多い口付けのひとつでしょうから忘れることにしてあげますからね!次はありませんよ、また同じことをすれば拳を見舞うどころではありませんからね!」


黙って聞いていた良夜が口を塞いでいる美月の手をぺろりと舐めると、慌てて手を離した美月のうなじに手を伸ばして真顔で言ってのけた。


「覚えていないし、覚えていたいからもう一度する」


「は?ですから…っ」


――突然ぐいっと首を押されて良夜に倒れ込むような体勢になると、今度は間違いなく意思をもって唇を奪われた。

あまりにも強引なやり口と手際の良さに美月が硬直したのをいいことに、さらに深く唇を重ねた良夜は、やはりその唇の甘さも知っている、と感じていた。


「お前も知っているはずだ…」


俺の唇を。
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