千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
心では拒絶しなければいけないと分かっていた。

だが身体の奥底から喜びに打ち震えている魂を感じていた。

この男が待っている男ならいいのに――

――まつ毛が触れ合ってうっすら目を開けると、良夜と目が合った。

まさかずっと顔を見られていたのかと思うと恥ずかしくなって突き飛ばそうとしたが、心とは裏腹に身体はぴくりとも動いてくれなかった。


「初心だな」


「た、戯れに私を惑わさないで下さい!」


「名も顔も知らない男のために操を立てるというのか?ちなみにそいつが鬼族の男なら、経験のない女なんか袖にされるぞ」


「え…」


唇を甘噛みした後良夜が身体を起こすと、美月はすぐさま後退って長い髪を撫でて整えながらも同様。

良夜はにやにや笑いながら距離を取ろうと後退る美月に手をつきながら近寄りつつさらに惑わせた。


「鬼族は基本的に男女関係なく性に奔放な者が多い。経験豊富な女は特に人気がある。お前みたいな生娘でろくに男と触れ合ったこともない女は身持ちが固いと敬遠されて見向きもされない」


「そ…そんな…」


「だから俺が慣れさせてやると言ってるんだ。感謝しろ」


…かなりおかしなことを言っているのに、美月はもじもじして自身の身体を抱きしめた。

確かに所帯を持つまで男女関係なく遊び歩く者が多く、噛まれた唇を指で擦りながら上目づかいで良夜を睨んだ。


「私が…袖にされるとでも…?」


「いくら美しくとも経験が伴ってなければ男は扱いに困る。そのお前が待っている男とやらが現れるまで俺が協力してやると言ってるんだ」


現れたとしても渡すつもりはないが――と内心戦う気満々の良夜は、あれこれ美月に吹き込んで無理矢理納得させると、細い腰を抱いて抱き寄せた。


「ま、毎日こうして私に触れると言うのですか!?」


「そうだな、どこまでやっていいのか境界線を設けよう。そこまではがんがん攻める」


にこにこ。

美月はあわあわしつつもいずれ出会うであろう運命の男に落胆されたくなくて、目下目移りしてしまっている男の笑顔に絆されそうになって良夜の耳をぎゅっとつねった。


「いてて」


「触りすぎに注意して下さいね!では今から境界線について協議します!」
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