千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
美月の境界線は良夜にとってかなり不満なものだった。

唇まではなんとか許すが脱がせるのは駄目――つまり首から下は厳禁とのこと。

触れるまでは許すがそれはあくまで場所によりで、こちらが拒否する場所には決して触れないこと。


「あいつめ、それじゃ今までとあまり変わらない」


「はははーっ、良夜様が袖にされるなんて初めてだな」


「まあでもやや前進はしたな。美月にあまり知識がなくて良かった。口八丁手八丁とはまさにこのことだ」


かなり意地の悪い笑みを浮かべて屋敷に帰還した良夜は、夕暮れ前になっても父が居間に居ないことに首を傾げた。


「親父はどこに?」


「蔵に入ったまま出て来ないのよ。すごく真面目な顔をしていて…明、本当に大丈夫なの?」


「蔵…」


いわくつきの蔵。

浅い眠りから覚めた父がすぐ蔵に入って出て来ないと聞いた良夜は、蔵の前まで行って父が出てくるのを待った。

気配はするが、物音ひとつしない。

狼の尻尾を撫でてやりながらそれから一時間ほど待っていると――強張った表情の父が出て来て歩み寄った。


「親父」


「明か……お前、相談役と話していて何か気付いたことはないか?」


「美月と?…そういえばここに連れて来た時、屋敷内を案内していないのに場所を知ってたな。狼に何か感じ入るものがあるとか言ってたし、幼い頃から人と同じ暮らしを送るのが当然だとか…それがなんなんだ?」


「いや…やはりそうか。…確信となるまでもう少し調べねばならん」


蔵の鍵をしっかり閉めてさらに厳重な結界を張った父と共に母屋に向かうと、父は歩きながら肩越しに振り返った。


「高志の件はもう少し待て。調べ終わったら決める」


「ん」


一体蔵に何があるというのか?

一抹の不安を覚えながらも父を信じて待つと決めた。
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