千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
父が毎日蔵に籠もって何かの探し物をしている間、雨竜は地面を転げ回ったり岩に身体を擦りつけたり忙しなかった。

どうやら身体が痒いらしく、束子で鱗を擦ってやると恍惚とした表情でふにゃふにゃになって狼の背中の上で寝てしまった。


「脱皮が近いらしいのです。脱皮すると大きくなるのだとか」


「ふうん、そこらへんは蛇と一緒だな。九頭竜も脱皮するのか。頭が生えてきたりして」


行儀悪く赤い鳥居の上に座って饅頭を食べていた良夜は、ため息をつきながら見上げてきている美月を見下ろした。

ふたりからは高志へ行く同意を得ているものの肝心の父の許しが得られず、数日経ってしまってさすがに良夜の苛立ちも募っていった。


「親父が何か隠し事をしている。俺には教えてくれない」


「主さまはご当主としてお主の身を案じておられるのです。親の心子知らずとはのことですね」


「いや、そんなものじゃなくて他に大きな隠し事が…まあいいか」


しなやかに着地した良夜は、美月にずいっと近寄って腰に手をあてると何かされるのではと緊張して身を固くしている美月のつむじを指で突いた。


「お前の境界線は厳しすぎる。もう一度協議しよう」


「いえ、結構です。それより高志へは陸路ですか?」


「途中までは狼に乗って行く。あの辺りは確か深い山林だったからそこからは下りて九頭竜が住み着きそうな場所を探す」


「そうですか。…ちょっと…どこを触っているんですか!それ以上手を下げると急所を蹴りますからね!」


美月の腰を撫でていた良夜は、肩を竦めて人好きのする笑顔を浮かべてさらっと爆弾発言をした。


「道中気分が盛り上がったらいつでも俺を襲ってもいいぞ。こっちもいつでも襲うつもりで身構えているからな」


「この助平!」


結構な力で肩を殴られつつ、そう言えば父が屋敷に連れてこいを言っていたのを思い出した良夜は、その腕を掴んでぐいっと抱き寄せた。


「明日は棚幡だ。迎えに来るからめかし込んでくれると目の保養になる」


「洒落た着物など持っていません」


「じゃあ俺がお前に似合いそうなのを見繕って持ってくる」


じゃあ、と言って良夜が去ると、美月はすぐさま家に引き返して化粧箱をひっくり返した。


「めかし込むって…お化粧道具を買わなくちゃ!」


慌てて幽玄町に向かい、化粧道具を新調した。
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