千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
美月を横向きに膝に抱いて屋敷に向かったが――道中一言も言葉を交わさなかった。

いや、交わせなかった。

美しすぎて、まともに目を合わせることもできなかった。


「静かでしたね。どうしました?」


「いや…なんでもない。先に親父に会ってくれ」


――屋敷の前に着くと、玄関で下駄を脱いで長い廊下を歩きながらも美月はきょろきょろすることがなかった。

大抵は部屋数の多さや調度類に目を見張る者が続出するのだが――相変わらず足取りに迷いがなく、居間に向かって進んでいた。


「明さん」


「お袋、相談役を連れて来た。親父は居るか?」


先に廊下で出くわした母と美月が頭を下げて挨拶を交わすと、良夜は美月にすっと手を伸ばした。

緊張していた美月が良夜の手を握ると、良夜は相変わらず美月を直視できず伏し目がちに手を引っ張って居間へ入った。


「明か。美しい女を連れて来たと思ったらこれは驚いたな…相談役殿…かな?」


「はい。このようなお祝いの席にお招き頂き恐縮ですが…」


「相談役殿も明と同じ誕生日だとか。皆で祝った方が楽しい。さあ、こちらへ来なさい」


手招きをされておずおずと良夜の父の前で正座をして深々と頭を下げた美月は、顔を上げた時に目が合い、その冷淡に見える美貌が何度も夢の中に出て来たせいで思わず顔が赤くなって袖で隠した。

それを見た良夜はむっとして腕を組んで臨戦態勢。


「親父。よその女に色目を使っていると言いふらすが、いいか?」


「よくない。それはよくないぞ。お前は俺が殺されてもいいのか?」


ようやく熱が去った美月は、あからさまに機嫌が悪そうな良夜の袖を引っ張ってそれを諫めた。


「主さまの御前ですよ」


「俺にとっては百鬼夜行の当主という立場よりも血の繋がった親父でしかない。お前こそなんだその顔は。妻がふたりも居る男に惚れでもしたか?」


「な…っ、違います!馬鹿!」


馬鹿と言われて思わず吹き出した良夜は、父が表情を崩さないのを見て美月の隣に座った。


「で?俺たちに話があるんだろう?」


「ああ、高志の件と、あと代替わりについて話をしよう」


他にも言いたいことはあったが、それは伏せてふたりを見つめた。

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