千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
「まず九頭竜の生態としては、成体に変化する時爆発的な力が体内に巡り、その衝動で自我を失う者がおよそ半数以上居るという事実だ。そうなると古き文献にあるように八岐大蛇と同じ運命を辿ることになる」


「ああ。でも雨竜はきっと大丈夫だと思う」


「九頭竜の強さを驕るな。いくら九頭竜らしくないとは言えどうなるかは分からん。雨竜自身もしくは親族の者との話し合いに失敗した場合、お前はどうする?」


良夜は考えるまでもなく、庭で狼と転がり回っている雨竜をちらりと見て目を細めた。


「殺したくない。だからなんとか自我を取り戻す方法を考える」


「…甘い。甘いが、お前に託す。高志へ行く許可を出す。気を付けて行きなさい」


――よもやこうも簡単に許可を得られると思っていなかった良夜がきょとんとすると、父は深いため息をついて額を押さえた。


「父はお前の我が儘には弱いのだ。だがお前の強さを知っている。約束してくれ。危ない目に遭いそうになったら…命の危機を感じたらすぐ逃げ出すんだ。分かったか?」


「分かった」


またもやの即答に父は苦笑して背もたれに身体を預けた。


「相談役殿、あなたが息子の舵を取ってくれると信じている」


「は、はい、お任せ下さい」


良夜がふんと鼻を鳴らした時――


『おい小僧』


どこからともなく声が聞こえてきょとんとしていると――父の傍からまたその声が聞こえた。


『おい小僧、ここだ。我はここに居るぞ』


「お前は天叢雲か。俺に話しかけて来たのははじめてだな」


妖刀天叢雲。

自我を持ち、初代が封印を解いてからは代々の当主が使用してきたその刀身は一度も曇ったことがなく、低い声でまた話しかけてきた。


『我も連れて行け』


「俺がお前を?なんでだ」


『小童め我を忘れるとは…。まだ目覚めておらなんだか』


「?」


父が眉を潜めた。

天叢雲が零したその一言が疑念を確信へと変えると、父は天叢雲を掴んで良夜に差し出した。


「持って行け。きっとお前を助けてくれる」


「分かった。必ず返す」


「出立は明日以降にしろ。今日は皆と賑やかに過ごす日だ」


「美月、行こう」


美月の手を引っ張って立たせると庭へ下りて行った良夜を見送った父は、懐から一枚の絵を取り出した。

初代当主が妻を絵師に描かせたとされるその絵は――美月と瓜二つの容姿だった。

そして絵の裏にはひとつの名が。


「神羅…か」


我が子の数奇な運命に、父は再び額を押さえてしばらく俯いていた。
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