千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
天叢雲は、なんだか手に吸い付くようにしっくり馴染んでいた。

何故か楽しそうに低い含み笑いを上げている天叢雲に怯えた雨竜が美月の足元に隠れると、良夜は鞘を軽く殴って諫めた。


「おい、笑うのをやめろ。大体突然連れて行けとかお前はなんなんだ?」


『ふはは、我の出自を知らぬと見える。はじまりの竜である九頭竜の腹から生まれし刀が我よ。あれの鱗を易々と貫けるのは我の刀身のみ。それと…まあいい、気にするな』


「なんだその含みのある言い方は。とにかく黙ってろ。勝手に喋ると連れて行かないからな」


『ふふふ…その脅しも懐かしいものよ。おっと、もう黙る。だから連れて行け』


相変わらず訳の分からないことを言った後完全に沈黙した天叢雲を縁側に放り投げた良夜は、宴をしている百鬼たちの輪に入って楽しそうにしている美月を眺めていた。

化粧をしていないと派手めではあるが凛としていつつも純情そうな顔立ちの美貌だが――ばっちり化粧をするとこうも華やかで美しくなることに驚きを隠せないでいた。


「良夜様、楽しんでいますか?お主のための宴ですよ」


「お前の誕生日でもあるだろ。ほら、空を見ろ。天の川だ」


離れ離れの恋人が年に一度唯一会えるという日に産まれ落ちたふたりは、空を見上げた。

澄み切った空が徐々に色を濃くして夜へと変わってゆく中、良夜は美月の手に盃を持たせて酒を注いで笑った。


「親父の許可が下りたから明日発とう。今日はもうここに泊まって行け」


「え…ですが…」


「身支度は明日すればいい。言っておくが狼に乗って行くから大した荷物は持って行けないからな。ああ、もしかして俺に襲われるかもとか思ってるのか?」


ぎくっとした美月の額を指で軽く弾いた良夜は、悪気もなくその杞憂を肯定して見せた。


「外れてはいないが無理強いするつもりはない。襲ってほしいなら今すぐ…」


「寝言は寝て言って下さい!」


敢え無く玉砕したものの、まったく堪えることなく笑いながら美月のうなじに視線を注いだ。
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