千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
客間は数えきれないほどあるため、別にどの部屋に泊めても構わなかったのだが――

父たちが百鬼夜行に出た後少し歓談したりして時を過ごした、良夜は美月を部屋に案内するため立ち上がった。


「人と同じような生活をしているならそろそろ眠たいだろう。部屋に案内するから…」


「部屋…ああ、こちらですね」


――美月が突然足取りの迷いなく父の部屋の前で立ち止まって入ろうとしたため、良夜は腕を掴んでそれを止めた。


「そこは親父の部屋だ」


「え?ですがここだと…」


「前に入った部屋が俺の部屋だし、何故そこだと思った?」


美月はしばらくきょとんとしていたが、自分でも何故そう認識していたのかよく分かっていなかったようで、少し後退りして顎に手を添えた。


「さあ…何故でしょう…」


「まあいい。行こう」


雨竜はすでに庭で伏せをして寝ている狼の足元でうとうとしていたためそのまま置いて廊下を歩いて肩越しに美月を見ていた。


「部屋に案内した後風呂に入るといい。うちのは格別だぞ」


「まあ…そ、そうなんですか?それは楽しみですね」


すっかり風呂好きになってしまった美月がうきうきしていると、良夜は一応真摯な態度で自分の部屋から近い客間に通した。


「じゃあまた後で訪ねる。明日から強行軍になるからゆったりして備えてくれ」


「はい」


にこっと微笑んだ美月の笑みに見惚れそうになって頬をかきながら部屋を離れた良夜は、自室に入るなり壁をどんと叩いて鳴り続ける鼓動を収めるため何度も深呼吸をしていた。


「やばいぞ…やばい」


平常心でいられる自信がない。

とどのつまり――もうこれは正直に言って美月に惚れているのだと自覚するより他ない。


「美月が俺が探している女なのか…?」


自問しつつ、ずるずる座り込んで暗い部屋の中ぼんやりしていた。
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