千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-

目覚め始める記憶

前髪には良夜に贈ってもらった珊瑚の髪飾りをつけていた。

だが上空の強風になぶられて髪飾りごと飛ばされそうになり、それを手で押さえるのに必死になっていると、良夜はそれに気付いて嬉しさを隠し切れないでいた。


「そんなのまた買ってやる」


「いえ、これはもう私のお気に入りなので。…ところでさっきからやたらあちこち触られている気がするのですが」


「気のせいだ。この辺りは人里も点在しているし、今日は人里に泊まるか?それとも妖の集落に…」


「人里があるのですかっ?できたらそちらに…いえ、でも怪しまれるかも」


人里には、妖と分かっていても受け入れてくれる所がある。

あくまで悪行を働かず極力人との接触を控えることが条件なのだが、それを受け入れさえすれば幽玄町のように人と妖が交わる所も存在する。


「俺は出かける時人里の宿を使うことも多いが、襲われたことなんか一度もないから安心しろ。じゃあ今日は人里にしよう。狼と雨竜は悪いが人里の外で待機してくれ」


「えー?俺も行きたいー」


「お前が人型になれれば連れて行くが、無理なんだろう?」


雨竜が籠の蓋を押して頭だけ出すと、渋々こくんと頷いた。

連れて行きたいのは山々だったが、何分通常の蛇の大きさとは違うため宿に持ち込むことは恐らく許されないと分かっていた良夜は寂しがる雨竜の頭を撫でて諭した。


「妖の集落に行く時はお前も一緒に連れて行ってやる」


「うん!」


――そろそろ昼を過ぎて高志の上空に着いていたが、今の所妙な視線も感じないし、怪しい気配も感じない。

だが慎重を期した良夜は高志の手前で下りると、手前にある中規模の人里の入り口で美月の肩を抱いた。


「な、なんですか」


「夫婦を演じよう。その方が警戒されない」


「分かりました。人里…」


人との接触を期待して目を輝かせている美月の肩を抱いた良夜は、なるべく妖気を押し殺して意気揚々と人里に乗り込んだ。
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