千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
会いに来てくれると嬉しかった。

好いた女がひとりではない男だとしても――傍から離れることができなかったのは、妖と人という決定的に相容れない存在であっても、愛していたからだ。

そうして会いに来てくれると、優しく抱きしめられて、壊れないように優しく抱かれて、時に激しくされて、必ず先に死んでしまう自分のために何かできることはないかといつも考えてくれた優しい男――


「黎…桂を遺せたのだから私は悔いはないの。短いけれど、お主の傍で生きてゆけるのだから、私は幸せよ」


「嫌だ。お前がずっと長く生きていられるように何か方法がないか探す。神羅…死に囚われるな。お前は死んだりなんかしない」


馬鹿な男、と呟いた神羅が黎を抱きしめる――

ああでもなんと幸せなのだろうか、と思った。

ふたりが愛し愛されて抱きしめ合う姿がいっそのこと神々しくて…


「…月。美月」


「ん…」


「美月…離れてくれないと困る。そうでなければお前を襲ってしまいそうだ」


耳元で熱い息がかかってうっすら目を開けると――良夜の美貌が超至近距離にあって目を見張った。

はっとした神羅は、良夜の浴衣の中に手を入れて身体に手を回して抱き着きながら眠っていたらしく、良夜の顔はやや赤くなっていた。


「!!ご、ごめんなさい!」


「いや…別に……」


ぱっと離れた美月は、両手で顔を覆って悶絶した。

とてつもなく幸せな夢を見ていて、夢見心地なのは確かだったが…現実に同じような状態でいたなんて。


「すみません…ちょっと夢を見ていて…」


「起きなかったらそれこそ寝ている間にお前の操を奪っていたところだったのに…惜しいことをした」


「ふざけないで下さい!本当に幸せな夢を…」


――桂。

新たに出て来た新しい登場人物の名だったが、小さく口に出して呟いてみると――ふいに涙が溢れてきて良夜を驚かせた。


「美月…?」


「な、何故涙が…?ああどうして…止まらない…!」


「美月…こっちに来い」


さめざめと泣く美月を優しく抱きしめた良夜は、しがみ付くようにして抱き着いてきて声を押し殺して泣いている美月にいじらしさと愛しさを感じて髪に指を埋めた。


「泣くな…」


泣き止むまで背中を撫でて抱きしめ続けた。
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