千一夜物語-森羅万象、あなたに捧ぐ物語-
神羅は人で、黎は妖――そこまでは分かった。

桂は…恐らくふたりの間に産まれた子で、澪は…黎の妻なのだろう。

つまり黎にはふたりの妻が居て、ふたりの間を行き来していた――


「美月、落ち着いたか?」


「ええ…ごめんなさい」


別室で着替えを終えた後鏡台の前で化粧をしていた美月は、鏡越しに良夜の心配そうな顔を見て微笑んだ。

人と妖が愛し合って子ができて…それはもうきっといくつもの危機をふたりで乗り越えて来たのだと思った。

きっと神羅は我が身を呪っただろう。

何故同じ種族に…鬼に産まれなかったのかと。


「…お主は人の女に手を出したことがありますか?」


「は?人に手を出したことなんかない。何故そんなことを?」


『…くくっ』


天叢雲が含み笑いを漏らすと、良夜はいらっとして結構な勢いで壁に投げつけた。


『我が身は至宝の存在なるぞ。存在に扱うと小僧…貴様を呪…』


「うるさい。少し黙れ」


殺気を零すとぴたりと喋るのをやめた天叢雲にため息をついた良夜は、表情の冴えない美月の隣に座って紅の入った入れ物を手にして開くと指で掬った。


「幸せな夢だったと言いながら泣いて、今は悲しい顔をしている。本当に幸せな夢だったのか?」


「それはもう…。…良夜様、私はお主にはじめて会った時…黎と呼びましたね?」


「…俺はお前を神羅と呼んだ。…実は夢にも出てくることがよくある」


「!わ、私もです。もしや…私たちは同じ夢を見ているのでは?」


――もしかしたら縁者かもしれないと思った良夜は、この件が片付いて幽玄町に戻ったらまず代々の当主が眠っている墓を調べてみようと思い、美月のふっくらした唇に指で紅を塗ってやった。


「美月…俺たちは惹かれ合っている。それは間違いないな?」


「……そう…ですね」


「黎と神羅という存在が俺たちを通して何か訴えようとしているのかもしれない。帰ったら調べよう。だが…この想いは俺のものであり、お前のものだ。そうだな?」


「…はい」


良夜は美月をぎゅっと抱きしめた。

紅をさしたばかりなのに、唇を重ねてしまって自らの唇に紅が移ると、美月は笑いながらそれを指で拭って俯いた。


「私はお主に惹かれてはいますが、妻にはなれません。それだけはご理解を」


「…」


返事は、しなかった。
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